
本気で日記サボってるなぁ。でもそれくらい忙しいんだな。
さてさてNYはもう夏のような雰囲気。
30℃近く出てきてるし、日差しも日本に比べてすごい。
湿度が
東京に比べて少ないところは助かるけどね。
おかげさまで黒人とは言わないものの、メキシコ人くらい浅黒い肌になった。
NYに来てから半年、身体が勝手に運動をしたがる傾向があって毎日のように
色んなところを歩き回っている。
日曜は、
ナタリーとブロンクスに行ってきた♪
最近は毎日のように彼女とメールをして時々会っている。
あ、でもぜんぜんそういう関係じゃないですから・・・
しかし彼女は面白い。
努力家だし、好奇心の塊だし、なにより笑う為の生き方を心得ている気がする。
ナタリーを見ていると僕も負けてられないなと思う。
僕自身もその「笑う為の生き方を探し続けている」というのもあり、良い関係だと思う。
今僕は彼女に
英語を教えてもらっている。
メールでこの言い回しの方がいいとか、この言い回しはおかしいとか色々指摘をもらっている。
会った時には
発音も教えてもらっている。
逆に僕は日本語を教えている。
だから最近は日本語について考える機会が増えた。
昔から日本語、言葉に対してはとても興味のある人間ではあったけれど
キレイな言葉もキレイではないけれどよく使うコトバも同時に教えていくので
それはそれで大変だ。
日本人だから日本語なんて簡単に教えられるだろうと言う人はたくさんいるんだろうけれどこれは大きな誤解。
日本語には日本の情緒・時代背景が詰まっているわけで歴史が詰まっていると言っても過言ではない。
日本人は日本でその情緒に包まれながら生きているから言葉はすんなりと
頭に身体に入ってくる。
しかしこれを外国人に教えるとなるとその情緒、時代背景、歴史も伝えていかないと
伝わっていかない。
しかもそれを英語を用いて伝えるわけだからかなりの質感のズレが出てくる。
僕はやるなら完璧にやりたいタイプの人間だからその日本が持つ歴史、情緒も今同時に
勉強している。
形や方程式で伝えたくないというのが狙い。
例えば「good morning!」。
「おはよう」または「おはようございます」と覚えさせるのは簡単だ。
だけどこのただの朝の挨拶すら方程式のように伝えたくない。
good morning!=おはようというのはなんだか寂しい気がする。
だから僕はこんな風に伝える。
日本人の文化として早起きはとても善い事だとされている。
「早起きは三文の徳」なんてまさにそのもの。
そこを伝えた上で「おはよう」と伝える事の方がより日本語を理解すると思う。
ただおはようと教えてもらった方が嬉しい人はたくさんいるんだろうけどね。
でも日本語は深い。僕が教えるからにはそこの深みや情緒感まで教えたい。
そして僕自身もおはようとだけ言うよりも他の様々な角度から伝えていく方が
英語の伸びも良くなると思うしね。
しかし僕はまだ日本を知らない。
知ってるつもりで生きてきたけれど情けなく感じる。
外国に来て日本を学ぶとはまた面白い事をしているけれど日本をもっと知っていく
いいきっかけになってとても嬉しい。
昨日は久しぶりにオルガに会った。
彼女はNYにいながらもロシア人のルームメイト、ロシア人ばかりの職場で
過ごしている為、長い間会わないと英語が喋れなくなっている。
昨日はあまりにもそりゃひどいよね?ってくらい喋れなかった。
会って2時間くらい経ってから本来の英語のレベルに戻ったので
とりあえず一安心。
しかし僕はこっちで日本人の友達がいないなぁ。
時々寂しくなるんだけどまぁいいか、ここ外国だし・・・ってすぐにそういう気持ちはなくなる。
とまぁこんな感じで(どんな感じだろうね)うまくやっている。
またちょくちょく書きますわ。
posted by 一記 at 02:52| 東京

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